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長崎地方裁判所 昭和32年(行)6号 判決

原告 赤瀬仙市

被告 長崎県知事

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「(イ)長崎県収用委員会が起業者長崎県知事西岡竹次郎相手方赤瀬仙市間の土地収用法第九四条第二項の規定による裁決申請事件につき、昭和三二年五月四日なした裁決はこれを取消す。(ロ)被告は原告に対し金五〇〇、〇〇〇円を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

(一)  原告は、訴外平川七男からその所得にかかる佐世保市下京町四九番家屋番号同町第五五番木造瓦葺二階家店舖一棟建坪五一坪外二階四〇坪のうち階下五一坪のうち西側一戸及び二階西側八畳二間を昭和二一年中に、二階六畳、八畳、一〇畳各一間を同二四年四月中にそれぞれ賃借し、同年九月一二日長崎県公安委員会の許可を得て料理店営業をはじめ、右賃借部分のうち二階全部をすき焼営業に、階下南側の部分を喫茶店経営に、同北側の部分を帳場と調理場にそれぞれあてているものである。

(二)  被告は、土地区画整理事業の施行者として、昭和三一年五月以降再三につたつて原告が賃借せる前項記載の家屋中別紙図面に朱線をもつて表示せる部分を除却せよと通告してきた。

(三)  そこで、原告は、被告と前項記載の家屋の除却に伴ひ、自己の蒙るべき損失の補償につき協議したが、右協議は不調に終つたところ、被告は、同三二年二月二六日原告を相手に長崎県収用委員会に対し、損失補償についての裁決申請をなす一方、同年五月二日前項記載の朱線部分を除却するに至つた。

(四)  他方、長崎県収用委員会は、右被告の申請にもとづき裁決をなし、同裁決書は同年五月一四日原告に送達されたが、それによると、右除却部分につき、原告の受くべき損失の補償額は、

(イ)  家屋の一部を除却せられることによつて原告が休業しなければならぬ期間を二八日(家屋除却日数に予備日数を加えたもの)とし、その間の休業補償として金四三、九三二円

(ロ)  右休業期間中における被使用人五名分の給料として金一七、〇〇〇円、同四名分の食費として金一二、〇〇〇円合計金二七、〇〇〇円

(ハ)  除却部分に存した工作物の補償として金五、四〇〇円

以上合計金七六、三三二円が土地区画整理法第七八条第一項にいう「通常生ずべき損失」であるから、この金員を被告は原告に補償せよというのである。

(五)  なるほど、前項(イ)ないし(ハ)が「通常生ずべき損失」であることは当然であるけれども、なお、原告は、別紙図面に朱線をもつて表示した二階八畳間の大半を除却せられたことから本件賃借にかかる全部分を合理的に模様替えしなければすき焼営業を円滑に運営することができないようになつた。従つて、右模様替えに要する費用並びに模様替工事中休業しなければならないことによつて生ずる損失は、これまた土地区画整理法第七八条第一項にいう「通常生ずべき損失」として考えられるものである。そして、右模様替えに要する工事費としては金三七三、六六八円、休業によつて生ずる損失としては金五〇、〇〇〇円合計金四二三、六〇〇円が相当である。

(六)  そこで原告は、長崎県収用委員会の裁決を取消し、同委員会が被告に命じた補償金七六、三三二円に右金四二三、六八八円を加えた合計金五〇〇、〇〇〇円の支払を求めるため本訴請求に及んだものである。と述べ、被告の本案前の抗弁に対し、

(一)  一般に、収用委員会の裁決に対する不服の訴は、裁決なる行政処分の取消又は変更を求める抗告訴訟とするよりも、むしろ当事者訴訟によつて争わしめるを妥当とする。殊に、その裁決のうち損失補償に干する訴は、実定法上も当事者訴訟の形式が採られているのである(例えば、土地収用法第一三三条、第九四条第九項、特許法第一二八条の七、八等)。本件は、土地収用法第一三三条及び同法第九四条第九項のいずれも適用されないものであることは(二)に述べるとおりであるが、しかし、訴の相手方については、右に述べた趣旨から言つて、土地収用法第一三三条第二項の規定を類推し、長崎県知事を被告として訴えるのが妥当である。よつて、本訴は相手方を誤つたものであるという被告の主張は理由がない。

なお、土地区画整理法第七八条第一項の規定は、施行者が県知事である場合、その損失補償の費用を現実に負担するものは県である旨明言したまでのことで、この規定があるからといつて、損失補償に関する訴において、県を被告として訴えなければならないものではない。

(二)  本件には土地収用法第九四条第九項の規定は適用されない。すなわち、土地区画整理法第七八条第三項によつて準用せられる同法第七三条第三項によれば「………損失を与えた者又は損失を受けた者は政令で定めるところにより収用委員会に土地収用法第九四条第二項の規定による裁決を申請することができる。」旨規定されている。これによつて明らかなように、裁決に関する一連の規定は、別途政令をもつて定められるべきものであつて(土地区画整理法施行令はその第六九条において裁決申請手続についてのみ規定している)、土地収用法第九四条第三項以下の規定は、この場合何等その適用は認められない。

土地区画整理法と土地収用法とは別箇独立の法律であるから、前者が後者の規定の一部による旨定められてあるからといつて、右一部の規定からこれに附随する規定(土地収用法第九四条第三項以下の規定)までもその適用を拡張すべきものではない。しかも、裁決の申請と行政訴訟とは全然別箇のものであるから、少くとも土地収用法第九四条第九項は適用の問題を生ずる余地はないのである。同項の規定は行政訴訟に干する規定として本来ならば別箇の条文によつて律せらるべきところ、たまたま、同法同条各項の前後の関係から便宜上同一条文中に規定せられたに過ぎない。もし、土地区画整理法第七三条第三項が土地収用法第九四条第三項以下の規定をも適用せしむべき法意であつたとするならば「………の場合には同条第三項以下の規定をも準用する」とはつきり明言したはずである。

右のように、本件には土地収用法第九四条第九項の適用はなく、また(一)で述べたように、本件は当事者訴訟であるから法律に特別の定めのある場合は別として一般に出訴期間についての制限はない。ゆえに、本件訴は出訴期間を徒過せる不適法のものであるとの被告の主張は理由がない。と述べた。

被告指定代理人は、「主文と同趣旨の判決。」を求め、答弁として、

(一)  被告は本訴請求につき当事者適格を有しない。すなわち、長崎県収用委員会の裁決に対しては、同委員会を相手方として訴を提起すべく、また、右裁決のうち損失補償に関する訴については、土地区画整理法第七十八条第一項により土地区画整理法第七八条第一項により土地区画整事業の施行者である長崎県知事の行為については、長崎県が損失の補償義務者であるから長崎県を被告として訴えるべきものである。ゆえに、長崎県知事を被告とした本訴提起は、相手方を誤つたものとして却下さるべきものである。

(二)  つぎに、本訴は法定の出訴期間を無視してなされた不適法のものである。すなわち、本件は、土地区画整理事業の施行により損失を受けた原告と、損失を与えた被告とが、損失補償について協議したが、不調となつたため、被告において土地区画整理法第七八条第三項によつて準用される同法第七三条第三項の規定にもとずき、土地収用法第九四条第二項の規定による裁決申請に及んだところ、この裁決申請を受理した長崎県収用委員会では、同条第八項の規定によつて裁決をしたのである。ゆえに、原告が右裁決に不服ならば、同条第九項の規定に従い、右裁決正本の送達を受けた日から三十日以内に訴を提起しなければならないのである。

しかるに、この点につき、原告は、土地収用法第九四条第三項以下の規定は、本件の場合その適用はないと主張するのであるが、それは誤りである。何となれば、土地収用法第九四条第二項の規定によつて裁決申請書が提出されると、収用委員会においては、同条第四項の規定によつて申請書の様式や内容を調査し、もし欠陥があれば補正させ、第五項の規定によつて正式に受理し、審理を開始する。そして、第六項所定の方法に従つて審理し、第七項で裁決申請を却下する場合のほかは、第八項によつて裁決をなすのである。そして、この裁決に対し不服があれば、第九項の規定によつて裁判所に訴を提起できるのである。要するに、土地収用法第九四条各項の規定は、すべて一連の規定であつて、第二項のみは適用されるが第三項以下の規定は適用されないというような矛盾したものではない。被告が長崎県収用委員会へなした裁決申請は、土地収用法第九四条第二項の規定によつてなされたものであることは原告の自認するところであり、また、同法同条第八項の規定によつてなされた裁決であることを認めたからこそ原告は、これが裁決の取消と補償金の増額を求むる本件訴訟に及んだものであることは疑う余地がない。そうだとすれば、土地収用法第九四条第三項以下の規定が本件に適用されないという原告の主張は理由のないものである。

また、原告は、土地区画整理法と土地収用法とは、別箇独立の法律であるから前者が後者の規定の一部による旨を定めているからといつて右の一部の規定から附随する規定までもその適用を拡張すべきではないと主張する。なるほど、土地区画整理法と土地収用法とが別個独立の法律であることは認める。すなわち、土地区画整理法は土地区画整理事業に関し、その施行者、施行方法、費用の負担等必要な事項を規定した法律であり、土地収用法は、公共の利益となる事業に必要な土地の収用又は使用並びにこれに伴う損失の補償について必要な事項を規定した法律である。換言すれば、土地区画整理法は事業実施の法律で、収用法はこの事業実施に伴う損失補償等を定めた法律であるといえる。ゆえに、土地区画整理法は、損失補償につき、損失を与えた者と受けた者とが双方協議せよ、もし協議が成立しないときは、土地収用法第九四条第二項の規定による裁決の申請をせよと規定しているだけで、最終的な損失補償の決定等については何等の規定もしていないのである。土地区画整理法が制定される前の戦災復興土地区画整理事業の根拠法であつた「特別都市計画法」(昭和二九年五月二日廃止)においては、損失補償についての裁決機関である補償審査会の設置を直接規定し、この裁決に不服の場合の出訴規定まで併せて規定していたから、あえて土地収用法の規定による必要はなかつた。しかるに、右特別都市計画法の廃止にかわつて制定された土地区画整理法は、損失補償に関する裁決手続の規定を全く欠いている。これは土地収用法第九四条第二項の規定による裁判の申請のみを認めることによつて、その後の裁決手続については、すべて同法同条の規定にゆだねている証拠である。

しかるに原告は、昭和三二年五月一四日に右収用委員会から裁決正本の送達を受けながら、右出訴期間を徒過せる同年八月一日になつて本訴提起に及んだものであるから本件訴は出訴期間を無視せる不適法の訴として当然却下さるべきものであると述べた。

理由

(一)  まず、被告の当事者適格について判断する。

原告は本訴において、土地区画整理法第七八条第一項による損失補償に関しなされた長崎県収用委員会の裁決の取消に併せて損失補償額の増額を求むるというのである。しかして、右裁決の取消を求める趣旨が、同裁決に対するいわゆる抗告訴訟を提起する趣旨でないことは、原告の主張自体から明かであるので、これは被告に対し金五〇〇、〇〇〇円の損失補償を訴求する請求の趣旨第二項と相まつて、右裁決に対する一個の損失補償に関する訴を提起しているものと解するのが相当である。ところで、法が右損失の補償につき土地収用法第一三三条と第九四条第九項を規定する趣旨より考えてみると、損失補償の訴は右規定による以外は許されないものと解すべきであるから、本訴は少くとも損失補償の裁決に対する不服の訴として同法第九四条第九項に基くものと認めるほかはない。

しかして、損失補償に関する訴の一般的規定と解すべき土地収用法第一三三条は、その第二項において、起業者と土地所有者又は関係人間の当事者訴訟の形式を採つており(但し、実質的には抗告訴訟にほかならないとか或いは又公法上の権利関係に関する訴訟であるとか言われている)、土地所有者又は関係人が訴の提起者であるときは起業者を被告とすべき旨規定している。そして、このことは、同じく右損失補償に関する訴の特則的規定とも解すべき同法第九四条第九項の場合でもかわりはないのである。ゆえに、本件において、原告が起業者である長崎県知事を被告として訴を提起したことには何等違法の点はない。(もつとも、原告が長崎県知事を被告としたのは、本件訴訟が土地収用法第九四条第九項の規定による訴であると解するからではなく、同条同項の規定の適用はないけれども、損失補償に関する訴は当事者訴訟であるから土地収用法第一三三条第二項の規定を類推して、長崎県知事を被告とするのが妥当だとの見解によるものであることは、前記のとおりであるが、このような主張が理由のないものであることは、(二)に判断するとおりである。)

ところで、被告は長崎県収用委員会の裁決に対しては同委員会を相手方として訴を提起すべきであると主張する。なるほど、本訴において原告が長崎県収用委員会の裁決の取消を求めていることは前記認定のとおりであるが、右取消の対象である収用委員会の裁決なるものは、同委員会が昭和三二年五月四日なした損失補償に干する事項についてのものであつて、この損失補償に干する事項と全く関係のない別箇の裁決をとり上げもつてその取消を請求しているものではない。であるから、その当事者適格の問題もいわゆる収用委員会の裁決のうち損失補償に関する訴として土地収用法第一三三条第二項の規定によつて律せらるべきものと考えるから、この点に関する被告の主張は理由がない。

次に、被告は土地区画整理法第七八条第一項の規定によれば、損失補償の義務者は長崎県知事ではなく長崎県であるから、損失補償の訴においては長崎県を被告と訴えるべきであると主張する。しかしながら、右の規定は、土地区画整理事業の施行者は公共団体を統轄する行政庁である場合でもその事業にもとずく費用を現実に負担するものは当該公共団体である旨明示したに過ぎないのであつて、この規定があるからといつて右公共団体たる県を被告として訴を提起しなければならないものとは考えられない。要するに、右の規定は損失補償に関する訴の当事者適格に触れた規定ではないと解されるからこの点に関する被告の主張もまた理由がない。

(二)  そこで、本訴は出訴期間を徒過せる不適法の訴であるかどうかについて判断する。

本件における裁決は、被告の施行せる土地区画整理事業により原告が損失を受けるに至つたので、原、被告間においてこれが損失補償について協議したのであるがその協議が不調となつたため、被告において土地区画整理法第七八条第三項によつて準用される同法第七三条第三項にもとずき、土地収用法第九四条第二項の規定により裁決申請に及んだ結果なされたものであつて、このことは当事者間に争いがない。

ところで、原告は、土地区画整理法第七三条第三項は土地収用法第九四条第二項の規定による裁決申請を認めてはいるが、第九項をも適用するとは言つていない。第二項の適用があるからといつてこれに附随する第三項以下の規定までも当然適用されるものではないと主張する。

しかしながら、土地収用法第九四条は、損失補償について、起業者と損失を受けた者との協議が調わない場合の裁決申請の手続及びこの申請によつて開始される収用委員会の裁決手続並びにこの裁決に対する不服申立の方法等に関する規定であつて、各項の規定はその規定の順序及び内容等から判断して、すべて一連の規定であることは疑いない。

であるから、当該土地収用法の規定によつてなされる場合は勿論、他の法律の規定によつて準用される場合でも、苟くも同条第二項の規定にもとずく裁決申請がなされた以上、爾後の裁決手続及びその効果等はすべて同条各項一連の規定によつて律せられるものと言わねばならない、このことは、例えば土地区画整理法が、それ自身の中に裁決手続に関する何等の規定を設けていないことに照し明らかである。

原告は、土地区画整理法第七三条第三項が「……政令で定めるところにより……」と言つている点を捉えて、裁決に関する一連の規定は別途政令をもつて定めるべきものであるから土地収用法第九四条第三項以下の規定はこの場合適用がないのだと主張する。しかし、右の「政令」である土地区画整理法施行令(昭和三三年三月三一日号外、法律第四七号)は、その第六九条において、原告の自認するように、単に裁決申請手続についてのみ規定しているのであつて(この規定は土地収用法第九四条第三項に該当する)裁決手続に関する一連の規定については何も触れていない。これは、土地収用法第九四条第二項の規定による裁決の申請を認めることによつて、その後の裁決手続及び最終的な損失補償の決定等については、すべて同法同条第四項以下の規定に委ねていることを意味する。

以上述べたように、本件訴訟は土地収用法第九四条第九項による訴と解する外ないから、原告としては、裁決書の正本の送達を受けた昭和三二年五月一四日から三〇日の出訴期間内に訴を提起すべきであつた。しかるに原告は、右出訴期間を徒過せる同年八月一日になつて本訴提起に及んだものであることは一件記録に照し明らかであるから、本件はもはや訴訟をもつては争い得ないものと言うべきである。従つて、本件訴は本案に対する判断をまつまでもなく不適法として却下を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高次三吉 斎藤平伍 上治清)

(別紙省略)

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